人間味溢れる群像劇 つむじ食堂

料理の本質は喜びだ

人間が本能的に欲する『三大欲求』、『眠と食と性』がある。この内、どれを一番に求めているかは個人差はあるものの、基本的に誰もが『眠』を求めるものだ。日々仕事や学校でせわしなく生きていると、どうしても軽んじがちな睡眠。寝ている時こそ幸せだという人もいるでしょう、筆者もそうだ。ただ寝ている‘だけ'では人生にやりがいはない、個人的にもじっとしているのが苦手な質なので、あまり落ち着きがない方でもあります。他にも人生に楽しみを見出すべきだと考えた時、一体何を基準に考えるべきかというのもまた個々によって異なるでしょう。運動や他自分磨きと称した趣味に興じるも良し、人生をどう使うかは自分次第だ。それらの活動源を支えるものこそ、本能と言えるでしょう。

そんな本能の中でとりわけ、言ってしまえば何だかんだで誰もが外せない『食』について考えてみたい。食べること、食事や料理に興味を持たない人がいると言われるととても悲しくなる。せっかく日本にいるのに中には仕事のお昼休憩時には菓子パンとカップラーメンだけで毎日過ごす、という話を聞いたことがあった。たまにならあるが、それをほぼ毎日繰り返しているというのだから、正直信じられない。日本の食事は世界でも何処に言っても美味しいといえる環境にある、これほど贅沢なことはありません。

料理の素晴らしさ、そこから伝わってくる溢れる人情を訴えている飲食店を舞台にした映画作品はいくつもあります。実写映画はもちろん、アニメなどでも食をテーマにした作品はある。ただ後者は時に表現ばかりを追求しすぎて、料理を蔑ろにしたウケ狙いが過ぎる場合があります。今回はそんな飲食店を舞台にした映画作品、中でも筆者個人が特におすすめするものを紹介していこう。

まず最初に取り上げるのは、吉田篤弘先生著の原作を元にした『つむじ風食堂の夜』についてだ。

作品概要

つむじ風食堂の夜は2009年に公開されたもので、原作の初版が発売されたのは今から14年前の2002年からと大分後になっての映像化作品だ。それだけ期待されての事と当時は期待されていた、またファンからも待望の劇場版ということで話題にもなりました。ではまず簡単にあらすじから紹介していこう。

あらすじ

昔懐かしい雰囲気溢れるその町は月舟町と呼ばれている。そんな町の中にあるアパートメントに一人の男性が住んでいる。通称『雨降り先生』と呼ばれる彼は、雨について研究をし続けているモノ書きだ。それ以外は何も変哲のないただの一般人でしたが、とある日に十字架度にあるつむじ風食堂に足を運ぶようになります。そこには町の住人で一癖も二癖もある人々が夜ごとに集っていました。雨降り先生は最初こそ戸惑っていたものの、段々とその雰囲気に馴染んていくようになります。

常連客である帽子屋を経営している『桜田』さんが創りだす二十空間移動装置なる万歩計を買わされたり、古本屋の店主である『デニーロ親方』から「唐辛子千夜一夜奇譚」なる本を無理やり買わされたりだ。奇怪な常連客に翻弄される先生だが、それでも食堂へ通うことを止めることはない。あくる日のこと、常連客の一人だった売れない舞台女優の『奈々津』に演劇の脚本を書いてくれと依頼される。学生時代に何度か演劇の脚本の執筆はしていたので出来なくはなかった先生だが、ふとそうした出来事の中で自身の過去・未来の自分と対峙することになる。

先生について

つむじ風食堂の夜についてのあらすじを改めて見てみる、そして思うのは主人公である先生があまりに不憫すぎるだろうという点だ。どうしてそう思うのかというと、劇中で度々先生が常連客から翻弄される姿がかなりの頻度で見られることからだろう。

例えば、

  • 明らかに偽物だろう万歩計を買わされる
  • 何が書かれているかと興味が湧いた古本を300万で買わされそうになる
  • いきなり舞台の脚本を書いてくれと迫られる

といった感じだからだ。三つの内二つはかなり災難ですが、一つは形はどうあれ仕事の依頼なのでまぁ良しとしよう。ただあまりに強引過ぎる形で脚本作成を迫ってきたので、途中から食堂へと足を運ばなくなってしまわなくなってしまいます。

個人的にどういうことなんだろうと思ったのは、二つめに記した『古本が300万』という話題だ。こちらの本を古本屋の店主から買うなら300万だと言われ、先生は思わずたじろいでしまいます。どれだけ価値ある古書なのかと思えば、果物屋の店主になら『200円』で売っていいと言い出した。どういうことだろうと、先生は迷わず後者の果物屋の店長に依頼する形で本を購入してもらった。その後何故か果物屋の店長と宇宙の始まりと果てについて語り合う羽目になったという、よくわからないことになっています。

突拍子もない展開というのはフィクションにありますが、こうした表現にも映画を通じて感じてもらいたい部分が秘められているのかもしれませんね。

先生は最後に何を見たのか

この作品で一番注目したいのは、先生の行動にあります。誰もが自分の人生を生きますが、時にその生き方が本当に正しかったのかどうかがわからなくなるものだ。そんな時、不意に訪れた食堂で様々な人々と触れ合うことにより、何かが得られる事もある。今までの軌跡が間違っていなかったこと、正解だったのかどうかを求めるのは良くありがちなことだ。先生もまた自身の過去、そしてこれから先どう過ごしていくべきなのかを作品の展開により考えていこうとします。

そうした姿に共感を覚えることで、この作品の良さがはっきりとみえてくるだろう。無論人によって受け取り方は異なります、白黒はっきりする出来る人ならここまで悩まないだろうということもあるでしょう。答えが決まっているわけではない、けれどどうしても求めてしまいたくなるのが人間の性というものだ。